ロスモンティス
昨日の私から今日の私へ
ようこそ、ここは私が學んで他の人にも広めたい事を置いておく場所だよ。
言葉が多いをしばし行き詰る。虚心なのが一番良い
多言數數窮、不如守中。 老子道徳教第5章より
2022年4月9日土曜日
2022年4月5日火曜日
今朝見た夢
地底探検の横スクゲーム
大きめの怪物(?)の群れを向こう岸へダイブして回避
いつの間にかゲームではなく体験してる
昇竜拳みたいなので岩を砕き上へ
2回目の昇竜拳は10何個か岩を砕いて、行き止まりかと思いきや小さな空間が
扉がありそれを開くと地底から一気に家の中へ
部屋は普通の家の中
窓から外は別の夢で見た事ある様な麦畑がありそうなちょっとアメリカチックな外
外に出るかためらっていると日本の公園に
少しすると子供が6人くらい今から遊びそう
まだとどまっていると子供から「こわい」と言われてしまう
引き返そうと思い振り返ると割と急めな階段の下に扉が
扉の近くまで降りるとなんと扉の前に着ぐるみ(被り物?)の何か動物の姿をした人(?)が瞬間的に現れた
その存在は黙って扉の方を向いてて、少しすると「何の用?」と同行者が聞いた
すると「水がほしい」と一言
そしたら同行者がこっちに向いて「ヘンな蛇は逃げて」と言ってきた(ここのやり取りは少しあやふや)
自分の事かと思って少し離れると扉が開きその存在は喜びながら扉の向こうへ消えた
どうしようと思って扉に近づくと、同行者は「まあそんな事もあるよ」みたいな感じで慰めてくれた(何に対してかはよくわからない)
そんな辺りで夢から目覚めました
外が見えた辺りで思いっきり遊んでも良かったかなーとか思ったり
2021年11月26日金曜日
2021年11月24日水曜日
369の方向性
前回の記事の話にもあった次元の段階を踏まえて、自分で作るゲームの大まかな流れを考えていたら369の秘密がわかった気がした。
まあ中二病の妄想だと思って構わない。ただ自分の中では閃いた感覚があった。
結論から言えば、
369の数字にあるものとは、すなわち3種類の幸せにある。
大きく分けて人類が求める幸福は3種類であり、それをそれぞれ表すなら
3の幸せ→忘却、創作、繰り返し
6の幸せ→平和、安寧、充実
9の幸せ→冒険、旅、超越
という感じだ。
……
。。ヒトは全能の力を得た時、何を選択するのだろうか。
自ら創造神となり、理想の世界を創るのだろうか、
それとも全てが可能な世界で満喫するのだろうか、
それとも異次元の扉を開き、旅を続けるのだろうか。。
……
2021年11月23日火曜日
白峰先生の話とアトペスのゲーム内容の一致
私がもし教育者なら、何を基礎としてどういった優先順位で物事を教えるか。
そう考えた事があった。
だが、その時思いついたのは(自分で勉強できるようになる様に、読み書き算数くらいかなぁ)
ぐらいの認識だった。
その考えに今ひとつ回答を得た。(あくまで現時点での自分の考えとして)
第一に 算数・数学
第二に 美術
第三に 音楽
第四に 国語(言語)
である。
これは白峰先生の著書にある3次元~6次元までの4つの次元の話を元にしている。
それは3次元=数霊、4次元=色霊、5次元=音霊、6次元=言霊、の次元の話の概念を順番に教科として置き変えたものである。
また、数字→色→音→言葉→物語→虚構→突破の順番※をめぐる『アトペス』という哲学的なゲームの構造とも途中まで一致している。
そして『アトペス』の話と繋げるなら、白峰先生の話に無かったさらに高次元の概念、続きの授業内容も考える事が出来る。
その内容は
(今考えて思いつく限りだが)
第五は 空想
第六は 嘘を見抜く(心理学に当たるだろうか)
第七は 。。。?なんだろう。想いを伝える発表会だろうか。
ここで7つまでの要素が出そろった。
数学、美術、音楽、国語、空想、嘘を見抜く(心理学)、伝達
……
この様な順番、構造で物事を教えて行くことが理にかなっているのではないだろうか。
最後に
私の好きなスピリチャル的な本の『22を超えて行け』によれば、12+1の13という数字が宇宙の様々な所で現れる基本単位だという。ここに書いたのは数霊が3だとすると突破の9までで、残り10~12までと、1~2は出てきてない。ただ、『アトペス』にはすでにそれが表現されている様な気もする。
※ここは私の解釈です
2021年11月2日火曜日
視点を動かす<視点を転がすイメージ。KOBAAKでの気付き@2021/11/02
マウスを動かして視点移動するとき、上下左右にレティクルを動かしているような気がするが、実際はプレイヤーは球状になっていて、向いてる角度のみを動かしている。
そこで、平面の世界をなぞるのではなく、マウス操作で球状のプレイヤーをなでる、転がすようにイメージするとエイムがしやすいように感じた。
他人の悪口を言ってはいけない理由
他人の悪口を言う、思考すると、心に境界線ができるからです。境界線が多ければ多いほど大抵苦しくなっていきます。
境界線とは何か?
境界線とは何かというと、自分の見たくない感情を切り離してできる境界線の事です。境界線を作ると自分の見たくない感情をある程度見えなくできます。
ではなぜ悪口によって境界線ができるのか?
それは悪口の本質は投影によるものだからです。
投影という言葉は心理学用語です。軽く説明しますと、自分が感じたくない、向き合いたくない感情を他人になすりつける。ほぼ無意識で行われる心の作用の事です。
人は他人の悪口を思考するとき、その悪口のによって引き起こされる相手の感情にまつわる事について投影を行っています。
その瞬間心に境界線ができて、自分の心を切り離す事になります。
(例を挙げますと相手の尊厳を落とす言葉を使う人は自分の尊厳が危機状態である不安な感情を見たくないために投影をし、悪口という形になっている)
では、境界線がある、できた時にその境界線を消し、元に戻すにはどうすればいいのか。
きなくさい言葉になってしまいますが、その不安な感情を「受け入れる」必要があります。
「受け入れる」という言葉ですが、本来自分の持っている感情、心です。誰より自分が大切にしてあげるべき心です。「取り戻す」と言った方が適切かもしれません。
あなたが他人に攻撃的な態度を取っている時、それは投影を行っているかも知れません。
あなたの周りの人が悪口を言う時、それはその人が自分でも気付けないの悩みの裏返しかもしれません。
なぜ他人の悪口を言ってはいけないの?
他人の悪口を言うと心がちいさくなるからだよ。